服部 直樹 Naoki Hattori
大学卒業後、東証一部上場企業のコンサルティング企業である株式会社船井総合研究所に入社。入社以来、一貫して焼肉業界に特化したコンサルティングに従事。2016年、船井総研フードグループで史上最年少グループマネージャーとなり飲食コンサルタント25名を統括。
2018年、より現場視点に立ち、より業界に特化したコンサルティングができる事を目的とした「株式会社お肉のカンパニー」を設立。2019年2月より飲食業界に特化したコンサルティング集団「OMAMENAコンサルティンググループ」を設立。
加登 大資 Daisuke Kato
2010年、東証一部上場企業のコンサルティング企業である株式会社船井総合研究所に入社。様々な飲食店の既存店活性化プロジェクト支援に従事。現場に足を運ぶことにこだわりを持ち、100店舗以上の事例を見たことによる完全な事例主義を実践。2021年に焼肉店専門コンサルティングサービス、三〇〇〇フードを設立。
焼肉店ならではの販売促進による即時業績UPを得意とし、クライアントから高い評価を受けている。最近では、卓上レモンサワーと焼肉を組み合わせた焼肉店の業態開発で数多くの繁盛店を生み出している。
西岡 拓真 Takuma Nishioka
大阪府出身、大学時代に大阪の株式会社大地グループとミシュラン三ツ星のHAJIMEでアルバイトを経験。大学卒業と共に株式会社船井総合研究所の飲食部門で焼肉と肉バルの業績アップに3年間従事し、店舗立ち上げも数十店舗サポート。その後大地グループに転職し、繁盛肉バルの「炭火とワイン」の新店立ち上げや、統括店舗の年間過去最高利益を達成。別会社を立ち上げ焼肉ホルモンブンゴを経営しながら、焼肉専門の経営コンサルタントとして独立し活躍。集客と人材教育からの利益創出を強みとしている。
山田 力也 Rikiya Yamada
大阪府で生まれ育ち中学卒業後、プロの力士として相撲界名門の二所ノ関部屋に入門する。
19歳で怪我の影響を受け引退を余儀なくされるが力士時代日本全国を巡業で回り各地方の有名焼肉店で焼肉を食し、奥深さを学んだことで一念発起し銀座の焼肉繁盛店「うしごろ」にて修行を積む。若干22歳で銀座有名焼肉店「尾崎牛焼肉銀座ひむか」の最年少料理長に抜擢され料理長業務をこなしながら社内にて肉業態の正肉カット指導や、オペレーション改善、新商品開発、原価管理などを兼任する。その後帰阪し会員制焼肉店「とらいち」の高級焼肉コース業態を経験し、お肉のカンパニー服部氏と出会う。近年では異業種からの焼肉店開業依頼が急増する。現場に入り込んで行う正肉の技術指導やオペレーション改善、原価管理、新商品開発などにも定評がある気合と根性を持ち合わせた情熱派アドバイザー。
伊藤 司 Tsukasa Ito
飲食店に特化したSNSマーケティング会社「株式会社イット」代表取締役。
自身も飲食店を経営していたことから、売上が上がるSNSマーケティングにこだわり展開。
焼肉店にて月商1200万円UPなどの実績をもつ。
主軸のインフルエンサーマーケティング事業では、グルメに特化したインフルエンサーを
全国約1,000名と提携しバズらせることを得意とする。
松本 千明 Chiaki Matsumoto
大学卒業後、株式会社船井総合研究所のWebマーケティンググループに所属し、業種別の自社サイト約50ドメインを運営するチームに配属後、Webデザイン業務およびディレクション業務を担当。入社3年目以降は、中間管理職としてマネジメント業務に5年間従事。2020年10月、株式会社お肉のカンパニーへ入社後は、SNSマーケティング・経理・労務・広報と、会社のバックオフィス業務全般を担っている。
早川 新太郎 Shintaro Hayakawa
1977年大阪市生まれのさそり座B型。小、中、高と学生時代は野球一筋青春を謳歌する。
高校卒業後、食べ歩きが趣味だった父親の影響で飲食業の道に入る。19歳から7年間はホテルの中華料理店で働き、調理人としての基礎を学びながら、包丁技術を習得する。2005年、料理人の師匠による紹介にて老舗韓国料理まだんに入社。2020年までの15年間、店長・料理長として新店舗の立ち上げ、人材育成、メニュー開発、業態開発、店舗運営を任される。韓国料理専門店で修行した経験を活かし、A5雌牛焼肉業態である「肉の天満屋」にてサイドメニューの開発に携わる。洗練された調理技術と独自の感性を活かし、多くの商品開発に携わる。店舗運営やマネジメントにも定評があり、焼肉開業の際の現場サポートを行う。
◇モットー
【現場主義(飲食店は現場にこそすべてがある)】
岡本 仁 Jin Okamoto
京都市生まれ。中学校卒業後地元のラーメン屋と居酒屋で初の飲食アルバイトを経験し、接客の面白さ、「美味しい」と言って頂いた時の嬉しさに快感を覚え、飲食人として生きていこうと決意。19歳で居酒屋企業に就職し、その後、ステーキハウスへ入社し鉄板ステーキとフレンチコースといった高級業態での立ち振る舞いや価値観を学ぶ。その後、京都の老舗精肉企業の飲食参入事業へ参画し、店長として坪売上25万の地域一番の繁盛店へと導く。
大衆店から高級店での経験より、単価の有無に関わらずお客様との関係性づくりや地域密着の重要性を感じる。シフト管理や売上管理、理論原価管理といった数値管理の分野も得意としており、「肉の天満屋」では店舗全体の数値分析・コントロールの役割を担う。「また来たい」と思わせるリピートづくりの仕組みを導入し、多くの常連客に支持されるお店づくりを実践しお肉の天満屋を繁盛店へと成長させた立役者である。日々、現場業務に従事しながら全国の新規焼肉店OPENの立ち上げサポートを行っている。
小山 穣 Jyo Koyama
高校卒業後、当時焼肉業界では稀有な存在であり、関西NO1の焼肉食べ放題企業である「焼肉屋風風亭」に就職。肉の仕込み・カットや焼肉サイドメニュー調理における徹底したスパルタ教育を受ける。売上トップクラスである繁華街・梅田店舗においては、約10年間店舗責任者としてお店を任される。調理技術はもちろんの事、スタッフの指導・育成や数値管理といったマネジメント業務も得意とし、スタッフが自主的に物事を考えられるようサポートする事をモットーとしている。㈱お肉のカンパニー転職後、食べ放題業態の先駆け企業で培った「焼肉食べ放題ノウハウ」を活かし、全国の食べ放題焼肉企業のサポートを行う。
西田 篤司 Atsushi Nishida
大阪あべの辻調理師専門学校に通いながら、心斎橋の老舗うどん屋にて住み込みで働く。下積み時代の飲食業界に懸念を抱き、20歳で心機一転、格闘技の世界に身を投じる事に。当時あった龍生塾難波道場に入門し、わずか1年程でトレーナーとして100名もの門下生に指導を始め、後に支部長にも就任するも、怪我を理由に現役・トレーナーから離れる。その後様々なジャンルの飲食業態での業務に従事し修行を積む。そんな中、焼肉業界の魅力に取りつかれ、熟練した調理技術を武器に数多くの焼肉店立ち上げや店長業務に従事する。大阪新地にある虎龍浪漫亭では、料理長として、売上最高額を売り上げる事に貢献するなど、多くのリピート客を作り出してきた。格闘家という稀有な経験をもつ熱血漢の焼肉職人である。
丸山 陽平 Youhei Maruyama
長野県出身、パティシエから肉職人になった異色の経歴をもつ。焼肉&ワインで有名な「東京うしごろバンビーナ」にて1番の肉職人から肉の捌きを2年間学び、銀座有名焼肉店「ひむか」にて当時料理長であった山田力也の下、牛一頭肉の知識と技術全般をさらに2年間学ぶ。その後、埼玉にて焼肉店の立ち上げ・料理長を経験した後、30歳で肉の天満屋 神楽亭へ。日々の現場業務を全うしつつ、今後は有名店で培った肉の知識と技術を活かし、全国の焼肉店サポートに向け店舗運営やメニュー開発を行う。